10月コラム 『こんな子どもに育ってほしい』

2014年10月15日

理事長コラム

こんな子どもに育ってほしい」  命を分かち合う

   秋の気配

目を閉じて、息を止めて                                             さかのぼる ほんのひと時・・・                                         たそがれは 風を止めて                                             ちぎれ雲は また一つになる                                              グレース「秋の気配」

秋の気配は、オレンジ色、吹く風もレモン色。                                     ジリジリとにぎやかだったせみの合唱、                                      夕暮れ時は、草むらで虫のオーケストラ。                                       色めく、色づく 木々のさまざま。                                        園庭であそぶ子どもたちの影が長く伸びる。                                     あそぶ子どもの輪も広がり、                                           心の育ちも深まっていく秋。

   命を分かち合う

白樺の樹のまわりに、男の子たちが、集まっている。                                どうやら、命を終えた「かみきり虫」に群がる蟻を棒で突っついたり、足で踏みつけている。             「やめようよ!蟻が、かわいそうだから」私の声かけに、                             「どうして?」という表情と「やっぱりね」という反応がが伺えた。                        「でも、かみきりか、かわいそう。」                                      「でも、しんでるんだから、しかたが ないよ・・・。」                             「あり だって おなかすいてんだから・・」                                   と答えたM君が「でしょ?」と、わたしに同意を求めた。                              予期せぬ問いに戸惑いながら、                                         「かみきり虫は、身体は死んで、蟻に食べられても、                                命は、どこかできっと、生きているからだいじょうぶ。                               もしかすると あり君たちが、かみきり虫のお葬式をしているのかもしれないよ。」と、答えた。            私の答えに反応がないままに、子どもたちは、黙ってその場を去っていった。残された私の独り言。           「あれでよかったのかな?」                                           命を育む春と異なり、命を終える秋は、                                     「あわれ」「わび」「さび」・・哀感を感じる。                                  自然界は、生き残ることを優先する社会だから・・・、                               かみきり虫は、蟻にその命をプレゼントしたのだろう。                               樹は、葉を落とし、腐葉土となって生きる糧とする。蝶もトンボもカブトムシも、                   死んで身体を蟻や鳥に食料として供して、生きていくのでしょうね。

   死後 心は 生きるのでしょうか? 

NHK、TVが「肉体の死後も心は存在するか?」というドキュメント番組を放送しました。               宇宙ステーションが設置され、世界の情報が、瞬時に手のひらの操作で把握される                   科学万能の時代にもかかわらず、人間の死後の世界は、永遠の謎ですね。                                      科学が発達する文明社会だからこそ、                                       私たち人間は、「命の再生」「来世に生まれ変わる」ことへの願望が高まっていくのでしょうか。            世界中で「臨死体験」が報告されています。                                    死の世界をさ迷い、命を取り戻した人たちは、                                  「命が絶えようとする時、体内から体外へ離脱した心が、                              花園に導かれ、光あふれる世界の入り口へ・・。」                                 と臨死体験を語っています。その報告を最新の脳科学で解明する番組でした。                     明確な結論は出ませんでした。                                          臨終の時、多くの方々が、瞬間、穏やかな表情を浮かべるという報告は、ほっとしますね。               私は、よく夢を見ます。七〇歳を過ぎてから、カラーで鮮明な夢を見ることが多くなりました。             ある時、「歌舞伎座の舞台、絹の緞帳が風に揺れ動く。                               数百の裸の赤ちゃんが、満開の桜の雲に乗って、                                  大空を乱舞する姿を描いた絹の緞帳が、風に舞って降りてくる。・・」                        夢を見て、枕もとのノートにメモしたりしました。                                 そうした経験からすると、来世に生きらることへの期待感は人一倍強いと思っています。                それ故、あの世で温かく迎えられるように、今を誠実に生きるよう心がけています。                  自然界に生きる生物と共存することで、浦島太郎のように海カメに竜宮城に案内されたり、               宮沢賢治の「ゆきわたり」のように、                                       きつねの世界できつねになって生活するような幸福な世界が待っていたら・・・                    それは幸せと考えて生きています。臨死体験者が語る「第二の世界」が存在することに対しては、            脳科学者は「死の恐怖から人間を守るための脳の働きと解釈します。                         つまり、心肺が停止しても脳の一部が、この世で一生懸命生きてきた「自分」に「ごくろうさん」と           温かい安らぎの光で癒やしてくれるように、脳が働くという脳科学の見解です。                    それでも、死を恐れず、幸せに死を迎えられれば、前向きに生きられますね。                     人間の心とは、一四〇億の神経細胞のネットワークが形成する「意識」だと、私は考えています。           「意識」とは個性であり、「自我」です。自我は幼児期に形成されます。                       地球という緑の惑星に生まれたことに感謝する心を、他の「生き物」と命を分かち合う大切さを             子どもたちに、伝えたいと考えています。

   輪になって踊ろう

身体を動かせて、                                                あせをながしてあそぼう。                                            身体で考えよう、身体で表現しよう。

スイスのジュネーブにあるダルクローズの学校で、リトミックの研修を受けたことがあります。            ホールに集まった十数名の研修生が、それぞれの位置に立ち目を閉じます。                      ピアノの演奏を聴きながら、手を取り合うことで大きな輪が広がります。                       数分の「輪のコミュニケーション」は、研ぎ澄まされた感覚が                            やがて温かい手のぬくもりに変化していきます。すてきな体験でした。

秋の運動会、輪になって踊りませんか。                                      これから、国際的な舞台で,自分の培った特技で、                                 個性で生きていく若者がたくさん出てくると思います。                               広く浅くではない奥行きの深い器量を磨く                                     自己表現力、相手の思いを汲み取る度量、                                     生まれてきた命への感謝と自分を尊敬し。慈しむ心、                                人を愛し、人と人をつなげる大きさ、                                       重量感、遠近観、イメージの膨らみ、喜怒哀楽の共感、                               あこがれと意欲へのチャレンジ・・、                                       こうした意識の基礎は、幼児教育のあそびを通して、大きく育つのですね。                      幼稚園で無邪気に、あそんだ(お団子作り、木登り、昆虫採集、ドッチボール、                    友だちと力を合わせる集団遊び・・・) 「生活の経験」が、「魔法の泉」のように知恵となり、            創造力、発想力となって、四年生の頃に、沸きでると信じています。

『GUTS! 健伸の子よ                                            健伸大空に向かって、大きく胸を開いて大きな大きな 夢を膨らませましょう。』