12月号② ♣立て 走れ 飛べ ゆくは はてなし 大宇宙♣

2016年11月17日

理事長コラム

子どもはより子どもらしく
77歳になって、歩くのも物覚えも聞く力も、コマを回す技能も・・・衰えを感じる。視力が衰えて文字が読みづらくなった。若い時に鍛えた感性と直観力が、4歳児の子どもの世界との関りで役に立つ。  逆に、子どもの本能的な直観力は、パソコンやスマートフォーンに依存して生きている今の若者よりも、勝っているかもしれない。子どもは、文字が読めなくても、テレビゲームを操作できる。子どもは目で見た色、形、量感、耳で聞いた音、お話、風景、喜び悲しみ、寂しさ、恐ろしさを、脳の奥に感覚として認知できいる。
私が小学校に就学した昭和21年(1946年)は、住居も衣類も食生活も鎌倉・室町・戦国時代のような貧しい農家のような環境だった。
半世紀もかからずに、現在の超近代的なIT社会に反転させた。
その貢献者であった高齢者が、IT社会の中で戸惑って孤立して、痴呆症を恐れながら生きている。老いてみれば昔ののどかな原風景がなつかしい。
私は、 幸か不幸か、波乱万丈のステージで第一線で生きてこられた。
その経験から、声を大にして訴えたい。
『幼児期だからこそ、大人の相似形のような育ちをさせるべきではない。
幼児期は、もっともっと、ドキドキワクワクするような夢の世界で育てたい。
その夢世界の不思議な体験が子どもの感覚の中にしみこんでロマンになる。そのロマンこそが生きるための「キラキラ星」となる。』。

子どもの輝きを知ってもらいたい
幼児から児童にかける時期は、自分軸(アイデンティー)の形成という発達の道筋をたどり始める大切な時期。
見る、聞く、ふれる経験を脳に、イメージをする力が育つ大切な時期。そして、友だちの心に自分がどのように映っているか、そのために自分はどのようにすればよいのか、相手をどのようにおもいやればよいかという心の判断力が育つ時期でもある。
自由教育で有名なフレネの学校で見かけた風景、朝、談話室で子どもたちは保育者から一日の流れの説明を受ける。
子どもたちからもそれぞれの課題についての意見がでて、保育者もそうした意見に聞き耳を立て適切な助言を与える。そうした相互のミーティングのもとで、子どもたちは、主体的に自分の課題に取り組んでいく。
1日の流れや1ヶ月、1週間の方向をしっかりと子どもに説明しておく習慣をつければ「どうするの?」「これしていいですか?」等という指示待ちではなく、子どもが自分の感覚で動けるように子どもは育っていく。
鉄棒で逆上がりに何回もチャレンジし、クルット転われたその瞬間に立ち会えたら、子どもとの心のつながりさらに広がる。
子どもとの生活を共にすることで、より子どもを見る目ができて、感動の瞬間に立ち会えることが多くなる。逆上がりができた瞬間、「やったね。」と確認してあげることで子どもの意欲はさらに広がる。

保育の質とは子どもとのフィーリング
「教育は自ら育つことを教える」「自学自調」。
保育の質とは、保育者の人間性、知識や技能を含めての力量である。これからは,国際的な舞台で,自分の培った特技で,個性で生きていく若者がたくさん出てくることが期待される。
世界の舞台でも通用する本物の実力を磨いておかなくてはならない。
自己表現力、相手の思いを汲み取る度量、国際社会の中で世界の人材と肩を並べていける人づくりには、奥行きのある子育てがが問われる。
奥行きのある教育というのは,生まれてきたことへの感謝、自分を他人を愛すること、人と人をつなげる大きな心を育てることである。
重量感、遠近観、イメージの膨らみ、喜怒哀楽の共感、あこがれと意欲へのチャレンジは幼児教育の世界で大きく育つ。
本物にふれることにより心は膨らみ、感動したことをイメージして,イメージしたものを相手に伝えられる技量も育ってくる。
伝統芸能、神楽の世界では、テンポのよい、豊かな小鼓のリズムにのって、「正しい型」を忠実に繰り返して舞う基本を大切にする。
やがて、身体の芯からわきでるような「あふれる余り」を体感する。この「あまり」こそ、【あやの世界」「極意の会得」であると言われる。究極の技の会得は、基礎基本をくりかえしの奥から湧き出る泉である。
「子どもが心のイメージを表現する環境」が大切。
「一人ひとりが自立性をもち、他人や物から自分自身を区別できる力を 育てる。そのためには、それぞれの個性や能力の違いを認めることか らスタートする学習環境を用意する。

幼稚園での実践例。
年長児の場合、登園してくる子どもたちは、壁のないオープン・スペースの保育室で生活を共有する。例えば、下足箱は決められていない。それだけにいつも整然として良い場所は最後バスで登園してくるこのためにあいている。
それぞれの課題で自由に生活する時間、一斉に集り、担当の保育者から一日の流れの説明を受ける時間。朝の集まりは、月曜から金曜日まで学級別、生活別、プロジェクト別で異なる。子どもの視点からすると様々な教師と友だちと生活を共有できる時間でもある。
保育者から伝え、投げかけ、子どもから、意見がでて、保育者もそうした意見を受けとめ、適切な助言を与える。
そうした相互のミーティングがあって、一人ひとりが、一日の生活の流れをイメージして、それぞれに自分の課題に取り組んでいく。
一日の流れ、一ヶ月、一週間の方向をしっかりと子どもに説明し、子どもが生活の流れをしっかりとイメージができれば、「どうするの?」「これしていいですか?」等という指示待ちではなく、子どもが主体的に自分の感覚で動けるようになってくる。
幼児だから教え指示するのではなく 。幼児だからこそ、道筋を説明して自発的に判断し、自発的に行動する習慣を学習する環境が問われる。

長い文章になりました。世界中が自分の範囲を壁で囲み、相手を一方的に攻撃するポピュリズムの傾向が見えてきて不安です。
子育ては箱庭ではありません。最初に型があって中を整えるのではなく、内を育てて枠を外していく心が大切ですね。